胸に自分の額を押しつけて眠ってしまう、それが自分の日常でした。

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してその翌日《あくるひ》も同じ事を繰返して、
昨日《きのう》に異《かわ》らぬ慣例《しきたり》に従えばよい。
即ち荒っぽい大きな歓楽《よろこび》を避《よ》けてさえいれば、
自然また大きな悲哀《かなしみ》もやって来《こ》ないのだ。
ゆくてを塞《ふさ》ぐ邪魔な石を
蟾蜍《ひきがえる》は廻って通る。
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 上田敏訳のギイ・シャルル・クロオとかいうひとの、こんな詩句を見つけた時、自分はひとりで顔を燃えるくらいに赤くしました。
 蟾蜍。
(それが、自分だ。世間がゆるすも、ゆるさぬもない。葬むるも、葬むらぬもない。自分は、犬よりも猫よりも劣等な動物なのだ。蟾蜍。のそのそ動いているだけだ)
 自分の飲酒は、次第に量がふえて来ました。高円寺駅附近だけでなく、新宿、銀座のほうにまで出かけて飲み、外泊する事さえあり、ただもう「慣例《しきたり》」に従わぬよう、バアで無頼漢の振りをしたり、片端からキスしたり、つまり、また、あの情死以前の、いや、あの頃よりさらに荒《すさ》んで野卑な酒飲みになり、金に窮
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