よ。そんなに、この俺を見下げ果ててもらっては困るよ。お前の家だって、先祖をただせば油売りだったんだ。知っているか。俺は、俺の家の婆から聞いた。油一合買ってくれた人には、飴玉一つ景品としてやったんだ。それが当った。また川向うの斎藤だって、いまこそあんな大地主で威張りかえっているけれども、三代前には、川に流れている柴《しば》を拾い、それを削って串《くし》を作り、川からとった雑魚《ざこ》をその串にさして焼いて、一文とか二文とかで売ってもうけたものなんだ。また、大池さんの家なんか、路傍《みちばた》に桶《おけ》を並べて路行く人に小便をさせて、その小便が桶一ぱいになると、それを百姓たちに売ってもうけたのが、いまの財産のはじまりだ。金持ちなんて、もとをただせば、皆こんなものだ。俺の一族は、いいか、この地方では一ばん古い家柄という事になっているんだ。何でも、祖先は、京都の人で」と言いかけて、さすがに、てれくさそうに、ふふんと笑い、「婆の話だから、あてにはならんが、とにかくちゃんとした系図は在るのだ」
私はまじめに、
「それでは、やはり、公卿《くげ》の出かも知れない」と言って、彼の虚栄心を満足させてやった。
「うん、まあ、それは、はっきりはわからないが、たいてい、その程度のところなのだ。俺だけはこんな、汚い身なりで毎日、田畑に出ているが、しかし、俺の兄は、お前も知っているだろう、大学を出た。大学の野球の選手で新聞にしょっちゅう名前が出ていたではないか。弟もいま、大学へはいっている。俺は、感ずるところがあって、百姓になったが、しかし、兄でも弟でも、いまではこの俺に頭があがらん。なにせ、東京は食糧が無いんで、兄は大学を出て課長をしているが、いつも俺に米を送ってよこせという手紙だ。しかし、送るのがたいへんでな。兄が自分で取りに来たら、そうしたら、俺はいくらでも背負わさせてやるんだが、やっぱり東京の役所の課長ともなれば、米を背負いに来るわけにもいかんらしいな。お前だって、いま何か不自由なものがあったら、いつでも俺の家へ来い。俺はな、お前に、ただで酒を飲ませてもらおうとは思ってないよ。百姓というものは、正直なもんだ。受けた恩は、かならず、きっちりとそれだけ返す。いや、もうお前のお酌では、飲まん! かかを呼んで来い。かかのお酌でなければ、俺は飲まん!」私は一種奇妙な心持がした。別に私は、そんな
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