したが、果してそれは当っていた。そうして、氏名は、
 竹内トキ
 となっていた。女房の通帳かしら、くらいに思っていたが、しかし、それは違っていた。
 かれは、それを窓口に差出し、また私と並んでベンチに腰かけて、しばらくすると、別の窓口から現金支払い係りの局員が、
「竹内トキさん。」
 と呼ぶ。
「あい。」
 と爺さんは平気で答えて、その窓口へ行く。
「竹内トキさん。四拾円。御本人ですか?」
 と局員が尋ねる。
「そうでごいせん。娘です。あい。わしの末娘でごいす。」
「なるべくなら、御本人をよこして下さい。」
 と言いながら、局員は爺さんにお金を手渡す。
 かれは、お金を受取り、それから、へへん、というように両肩をちょっと上げ、いかにもずるそうに微笑《ほほえ》んで私のところへ来て、
「御本人は、あの世へ行ったでごいす。」
 私は、それから、実にしばしばその爺さんと郵便局で顔を合せた。かれは私の顔を見ると、へんに笑って、
「旦那。」と呼び、そうして、「書いてくれや。」と言う。
「いくら?」
「四拾円。」
 いつも、きまっていた。
 そうして、その間に、ちょいちょいかれから話を聞いた。それに
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