」
ハム。「だから、それだから、ああ、わからん、あなたには、わからん。それは安心していても、いいのですよ。ただ、僕のくるしさは、――」
ポロ。「くるしさという言葉は、ない事にしましょう。脊中がぞくぞくする。あなたは、さっきからその言葉を、もう百回は、おっしゃっています。くるしいのは、あなただけでは、ありません。わしの一家だって、あなたのおかげで滅茶滅茶なのですよ。わしは、もう辞表を提出しました。あすにも此《こ》の王城から出て行かなければなりません。事態は切迫しているのです。ハムレットさま、お力を貸していただきとう存じます。第一に、あなたのため、それからポローニヤス一家のために、執るべき手段は、ひとつしかありません。わしも、ゆうべ、眠らずに考えました。執るべき手段を考えました。ハムレットさま、お力を貸していただきとう存じます。」
ハム。「ポローニヤス、急にあらたまって、どうしたのです。僕みたいな若輩が、あなたの力になるなんて、とんでもない。からかわないで下さい。あなたこそ夢でも見ているのでは、ありませんか?」
ポロ。「ゆめ? そう、夢かも知れません。けれども、これこそは窮余の一策だ。ハムレットさま、ポローニヤスの忠誠を信じますか? いや、そんな事は、どうでもいい。つまらぬ事を言いました。ハムレットさま、あなたは正義を愛しますか?」
ハム。「気味が悪い。急にロマンチストになりましたね。まるで逆になった。こんどは僕が現実主義者になりそうだ。あなたの口から、正義だの忠誠だのという言葉を伺えるとは思いませんでした。いったい、どうしたのです。そんなに、うなだれてしまって、どうしたのです。何を考えているのです。」
ポロ。「ハムレットさま、わしは悪い人間ですねえ。おそろしい事を考えていました。娘の幸福のためには、王をさえ裏切ろうとする人間です。全部、打ち明けて申し上げます。ああ、いけない、ホレーショーがやって来ました。」
ホレーショー。ハムレット。ポローニヤス。
ホレ。「ハムレットさま、ひどい、ひどいなあ。僕は、大恥をかきましたよ。だまっているのだから、ひどいよ。もっとも、ゆうべは僕もいけませんでした。僕が要らない事ばかりおしゃべりして、それに何せ寒かったものですから、あなたのお話をよく聞こうとしなかったのが、失敗のもとでした。でも、もう、わかりました。ポローニ
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