いわ》くです、我輩はクローヂヤスに殺された、クローヂヤスは、わが妃に恋慕し、――」
 ハム。「そいつあ、ひどい。恋慕はひどい。お母さんは総入歯だぜ。」
 ホレ。「だから、笑っちゃいけませんと言ったじゃないですか。まあ、お聞きなさい。つづきがあるんです。妃を横取り、王位も共に得んとして、我輩の昼寝の折に、油断を見すまし忍び寄り、わが耳に注ぎ入れたる大毒薬、というわけなんですがね、念がいってるでしょう? やよ、ハムレット、汝《なんじ》孝行の心あらば此のうらみ、ゆめゆめ忍ぶ事なかれ、と。」
 ハム。「よせ! たとえ幽霊にもせよ、父の声色《こわいろ》を、やたらに真似《まね》るのは止《よ》し給《たま》え。死者の事は、厳粛にそっとして置いてやってくれ。少し冗談が過ぎたようだね。」
 ホレ。「ごめんなさい。うっかり調子に乗りました。決して故王の御遺徳を忘却したわけではありません。あまり馬鹿らしい話なので、つい、ふざけ過ぎてしまいました。ごめんなさい。心ならずも、ハムレットさまの御愁傷の筋に触れてしまいました。どうも、ホレーショーは、おっちょこちょいでいけません。」
 ハム。「いや、なんでもないんだ。僕こそ大声で怒鳴ったりなんかして失礼した。わがままなんだよ。気にかけないでくれ。それから、その幽霊は、どうなるんだね? 話してくれよ。奇想天外じゃないか。」
 ホレ。「はい、その幽霊は、毎晩のようにハムレットさまの枕《まくら》もとに立ってそう申しますので、ハムレットさまは、恐怖やら疑心やら苦悶《くもん》やらで、とうとう御乱心あそばされたという根も葉も無い話でございます。」
 ハム。「あり得る事だ。」
 ホレ。「え?」
 ハム。「あり得る事だろうよ。ホレーショー、僕は何だか、気持が悪くなった。ひどい噂を立てやがる。」
 ホレ。「やっぱり、申し上げないほうがよかったんじゃないでしょうか。」
 ハム。「いや、聞かせてもらって大いによかった。汝、孝行の心あらば、か。ははん、ホレーショー、その噂は本当だよ。僕は、お人好しだったよ。」
 ホレ。「何をおっしゃる。つむじを曲げるとは、その事です。はしたない民の噂に過ぎません。どこに根拠があるのです。」
 ハム。「君には、わからん。僕は、くやしいのです。わからんだろうね。根も葉も無い事で侮辱をうけるのと、はっきりした根拠があって噂を立てられるのと、どっ
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