んだ。山ほどあるんだ。他の人に聞かれちゃまずいんだ。ここなら大丈夫だ。寒いだろうけれど、我慢してくれ。どうも人間は、秘密を持つようになると、壁に耳が本当にあるような気がして来る。僕も、このごろは少し疑い深くなったよ。」
ホレ。「お察し致《いた》します。このたびは、お嘆きも深かった事と存じます。故王には、僕も両三度お目にかかった事がございましたけれど、――」
ハム。「それどころじゃないんだ。嘆きがめらめら燃え出したよ。まあ、とにかく君がウイッタンバーグで聞いて来たという事を、まず、話してみないか。寒かったら、ほら、僕の外套《がいとう》をあげるよ。文明国に、あんまり永く留学していると皮膚も上品になるようだね。」
ホレ。「おそれいります。ジャケツを着て来なかったもので、どうもいけません。では外套を、遠慮なく拝借いたします。はあ、もう大丈夫です。だいぶ暖かになりました。ありがとう存じます。」
ハム。「早く話してみないかね。君はデンマークへ寒がりに来たみたいだ。」
ホレ。「まったく寒いですね。どうも失礼いたしました。ハムレットさま。では、申し上げます。おや、そこの暗闇《くらやみ》に人が立っているような気がしますけど。」
ハム。「何を言うのだ。あれは、柳じゃないか。その下に幽《かす》かに白く光っているのは、小川だ。川幅は狭いけれど、ちょっと深い。ついこないだ迄《まで》は凍っていたんだが、もう溶けて勢いよく流れている。僕よりも、もっと臆病《おくびょう》だね。どうも文明国に永く留学していると、――」
ホレ。「感覚も上品になるようであります。じゃ、誰も聞いていませんね? どんな大事を申し上げても、かまいませんね?」
ハム。「いやに、もったいをつけやがる。僕がはじめから、ここは絶対に大丈夫だって言ってるじゃないか。それだから、君をここへ引っぱって来たんだ。」
ホレ。「それでは、申し上げます。おどろいてはいけません。ハムレットさま。大学の連中は、あなたの御乱心を噂して居《お》ります。」
ハム。「乱心? それあ、また滅茶《めちゃ》だ。僕は艶聞《えんぶん》か何かだと思っていた。ばかばかしい。見たら、わかるじゃないか。どこから、そんな噂が出たのだろう。ははあ、わかった。叔父さんの宣伝だな?」
ホレ。「またそんな事をおっしゃる。王さまが、なんでそんな、つまらぬ宣伝をなさいま
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