頼しているのだよ。」
 オフ。「さようなら。兄さんもお元気で。」
 レヤ。「ありがとう。留守中は、よろしく頼むよ。なんだか心配だな。そうだ、一つ、神さまの前で兄さんに誓言してくれ。どうも、気がかりだ。」
 オフ。「兄さん、まだお疑いになるの?」
 レヤ。「いや、そんなわけじゃないけど。じゃ、まあ、いいや。大丈夫だね? 安心していいね? 僕は、こんな問題には、あまり、しつこく口出ししたくないんだ。兄として、みっともない事だからね。」

 ポローニヤス。レヤチーズ。オフィリヤ。

 ポロ。「なんだ、まだこんなところにいたのか。さっき、いとま乞《ご》いに来たから、もうとっくに出発したものとばかり思っていた。さあ、さあ出発。おっと待て、待て。わかれるに当って、もう一度、遊学の心得を申し聞かせよう。」
 レヤ。「ああ、それは、すでに三度、いや、たしかに四回うかがいましたけど。」
 ポロ。「何度だっていい。十度くりかえしても不足でない。いいか、まず第一に、学校の成績を気にかけるな。学友が五十人あったら、その中で四十番くらいの成績が最もよろしい。間違っても、一番になろうなどと思うな。ポローニヤスの子供なら、そんなに頭のいい筈がない。自分の力の限度を知り、あきらめて、謙譲に学ぶ事。これが第一。つぎには、落第せぬ事。カンニングしても、かまわないから、落第だけは、せぬ事。落第は、一生お前の傷になります。としとって、お前が然《しか》るべき重職に就《つ》いた時、人はお前の昔のカンニングは忘れても、落第の事は忘れず、何かと目まぜ袖引《そでひ》き、うしろ指さして笑います。学校は、もともと落第させないように出来ているものです。それを落第するのは、必ず学生のほうから、無理に好んで志願する結果なのです。感傷だね。教師に対する反抗だね。見栄《みえ》だね。くだらない正義感だね。かえって落第を名誉のように思って両親を泣かせている学生もあるが、あれは、としとって出世しかけた時に後悔します。学生の頃《ころ》は、カンニングは最大の不名誉、落第こそは英雄の仕業と信じているものだが、実社会に出ると、それは逆だった事に気がつきます。カンニングは不名誉に非《あら》ず、落第こそは敗北の基と心掛ける事。なあに、学校を出て、後でその頃の学友と思い出話をしてごらん。たいていカンニングしているものだよ。そうしてそれをお互いに告白
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