うに大時代な、歌舞伎《かぶき》調で飜訳《ほんやく》せざるを得ないのではないかという気もしているのである。
沙翁の「ハムレット」を読むと、やはり天才の巨腕を感ずる。情熱の火柱が太いのである。登場人物の足音が大きいのである。なかなかのものだと思った。この「新ハムレット」などは、かすかな室内楽に過ぎない。
なおまた、作中第七節、朗読劇の台本は、クリスチナ・ロセチの「時と亡霊」を、作者が少しあくどく潤色してつくり上げた。ロセチの霊にも、お詫《わ》びしなければならぬ。
最後に、此の作品の形式は、やや戯曲にも似ているが、作者は、決して戯曲のつもりで書いたのではないという事を、お断りして置きたい。作者は、もとより小説家である。戯曲作法に就《つ》いては、ほとんど知るところが無い。これは、謂《い》わば LESEDRAMA ふうの、小説だと思っていただきたい。
二月、三月、四月、五月。四箇月間かかって、やっと書き上げたわけである。読み返してみると、淋《さび》しい気もする。けれども、これ以上の作品も、いまのところ、書けそうもない。作者の力量が、これだけしか無いのだ。じたばた自己弁解をしてみたところで、はじまらぬ。
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昭和十六年、初夏。
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人物。
クローヂヤス。(デンマーク国王。)
ハムレット。(先王の子にして現王の甥《おい》。)
ポローニヤス。(侍従長。)
レヤチーズ。(ポローニヤスの息。)
ホレーショー。(ハムレットの学友。)
ガーツルード。(デンマーク王妃。ハムレットの母。)
オフィリヤ。(ポローニヤスの娘。)
その他。
場所。
デンマークの首府、エルシノア。
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一 エルシノア王城 城内の大広間
王。王妃。ハムレット。侍従長ポローニヤス。その息レヤチーズ。他に侍者多勢。
王。「皆も疲れたろうね。御苦労でした。先王が、まことに突然、亡《な》くなって、その涙も乾かぬうちに、わしのような者が位を継ぎ、また此《こ》の度はガーツルードと新婚の式を行い、わしとしても具合の悪い事でしたが、すべて此のデンマークの為《ため》です。皆とも充分に相談の上で、いろいろ取りきめた事ですから、地下の兄、先王も、皆の私心無き憂国の情にめんじて、わしたちを許し
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