だ。オフィリヤ、鎧《よろい》を出してくれ。お父さんは、いけないお父さんだったねえ。」
 王。「涙。わしのような者の眼からでも、こんなに涙が湧いて出る。この涙で、わしの罪障が洗われてしまうとよいのだが。ポローニヤス、君は一体なにを見たのだ。君の疑うのも、無理がないのだ。あっ! 誰だ! そこに立っているのは誰だ! 逃げるな。待て! おお、ガーツルード。」

   九 城の大広間

 ハムレット。オフィリヤ。

 ハム。「そうか。ポローニヤスが、昨夜から姿を見せぬか。それは少し、へんだね。でも、まあ、たいした事は無かろう。大人には、おとなの世界があるんだ。見え透いた権謀術数を、見破られていると知りながらも、仔細《しさい》らしい顔つきをして、あっちでひそひそ、こっちでこそこそ、深く首肯《うなず》き合ったり、目くばせしたり、なあに、たいした事でも無い癖に、つまりその策略の身振りが楽しくて、こたえられないばかりに、矢鱈《やたら》に集っては打ち合せとかいう愚劣な芝居をしたがるものさ。叔父さんも、ポローニヤスも、こせこせした権謀術数を、なかなかお好きなようだから、二人でゆうべ打ち合せて、また何か小細工をはじめているのかも知れぬ。ゆうべの朗読劇にしたって、あれにもポローニヤスの深慮遠謀があったのさ。そうでも無ければ、あの人は気が狂ったのだ。何か、抜け目の無い、小ざかしい魂胆があったのさ。僕には、たいてい見当が附いている。あの人たちは、どうして、なかなかの曲者《くせもの》だよ。もっとも、曲者というものは、たいてい浅墓《あさはか》で興覚めな、けち臭い打算ばっかりやっている哀れな、賤《いや》しい存在だが、それを見破ったからとて、こちらでただ軽蔑《けいべつ》して、のほほん顔でいたならば、ひどい目に遭う。うっかりしていると、してやられる。黙殺したい、いや、蔑棄したい程、いやな存在だが、油断がならん。僕は、はじめ、ポローニヤスの朗読劇を、娘可愛さのあまり逆上して、王や王妃に、いや味を言うための計略、とばかり思っていたが、ゆうべまた、よく考えてみたら、どうもそればかりでも無いらしい。あの人たちのする事は、一から十まで心理の駈引《かけひ》き、巧妙卑劣の詐欺《さぎ》なのだから、いやになる。僕は、ゆうべ、やっと判《わか》って、判ったら、ぎょっとした。あの人たちは、おそろしい。一つも信用出来ない。此の世の
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