に堪えて来た或る種の感情が、いま頗る滑稽な形で爆発したというだけの事です。君は、ご自分では気がつくまい。ただもう、いらいらして、老いのかんしゃく玉を誰かれの区別なくぶっつけてやりたいような気持なのでしょうが、ポローニヤス、その気持は、昔から或る名前で呼ばれて、ちゃんと規定されてあります。さっきの朗読劇でハムレットの読み上げた言葉の中にもありましたね。気がつきましたか。嫉妬《しっと》、と呼ばれているようですね。」
ポロ。「ぷ! 自惚《うぬぼ》れもたいがいになさいまし。恋ゆえ人は、盲目にもなるようです。王さまこそ、どうかなさって居られます。ご自分が恋していらっしゃると、人も皆、恋しているもののように見えるらしい。とにかく、その、嫉妬とやらいうお言葉だけは、お返し申し上げます。ポローニヤスは、男やもめの生活こそ永く致してまいりましたが、不面目の色沙汰《いろざた》ばかりは致しませぬ。王さまこそ、へんな嫉妬をなさって居られる。本当に、王さまの只今《ただいま》の御心情こそ、嫉妬とお呼びして然《しか》るべきものと存じます。永い間の秘めたる思いが先方にとどいて、王さまも、お喜びなさって居られるのが当然のところ、こんな、わしみたいな野暮ったい老人にまで嫉妬なさるとは、さては、お内の首尾があまり上乗でないと、ポローニヤス拝察つかまつりますが、いかがなものでありましょう。」
王。「だまれ! ポローニヤス、気が狂ったか。誰に向って言っているのだ。娘の失態から、もはや、破れかぶれになっているものと見える。いまの無礼の雑言《ぞうごん》だけでも充分に、免職、入牢《にゅうろう》の罪に価《あた》いします。けがらわしい下賤《げせん》の臆測は、わしの最も憎むところのものだ。ポローニヤス、建設は永く、崩壊は一瞬だね。君の三十年間の忠勤も、今宵《こよい》の無礼で、あとかたも無く消失した。はかないものだね。人の運命なんて、一寸《いっすん》さきも予測出来ないものだね。どんな事になるものか、まるっきり、わからない。宿命を、意志でもって左右できると、わしは之《これ》まで信じていたが、やっぱり、どこかに神のお思召《ぼしめ》しというものもあるらしい。ポローニヤス。わしは、ついさきまで君を、ゆるして上げるつもりで居りました。オフィリヤの事も、わしは最悪の場合を覚悟していたのです。ハムレットが、真実、オフィリヤにまいっ
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