です。それこそ頭に錆《さ》びた鍋《なべ》でも被《かぶ》っているような、とってもやり切れない気持だけです。私には、何も書けません。このごろは、書いてみたいとも思うのです。先日も私は、こっそり筆ならしに、眠り箱という題で、たわいもない或る夜の出来事を手帖に書いて、叔父さんに読んでもらったのでした。すると叔父さんは、それを半分も読まずに手帖を投げ出し、和子、もういい加減に、女流作家はあきらめるのだね、と興醒めた、まじめな顔をして言いました。それからは、叔父さんが、私に、文学というものは特種の才能が無ければ駄目なものだと、苦笑しながら忠告めいた事をおっしゃるようになりました。かえって、いまは父のほうが、好きならやってみてもいいさ、等と気軽に笑って言っているのです。母は時々、金沢ふみ子さんや、それから、他の娘さんでやっぱり一躍有名になったひとの噂を、よそで聞いて来ては興奮して、和子だって、書けば書けるのにねえ、根気《こんき》が無いからいけません、むかし加賀の千代女が、はじめてお師匠さんのところへ俳句を教わりに行った時、まず、ほととぎすという題で作って見よと言われ、早速さまざま作ってお師匠さんにお
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