その小説家はたちどころにその不思議の現象に対して次のような解説を与えた。その若い水夫は難破して怒濤《どとう》に巻き込まれ、岸にたたきつけられ、無我夢中でしがみついたところは、燈台の窓縁であった、やれうれしや、たすけを求めて叫ぼうとして、ふと窓の中をのぞくと、いましも燈台守の一家がつつましくも楽しい夕食をはじめようとしている、ああ、いけない、おれがいま「たすけてえ!」と凄《すご》い声を出して叫ぶとこの一家の団欒が滅茶苦茶になると思ったら、窓縁にしがみついた指先の力が抜けたとたんに、ざあっとまた大浪が来て、水夫のからだを沖に連れて行ってしまったのだ、たしかにそうだ、この水夫は世の中で一ばん優しくてそうして気高い人なのだ、という解釈を下し、お医者もそれに賛成して、二人でその水夫の死体をねんごろに葬ったというお話。
私はこのお話を信じたい。たとい科学の上では有り得ない話でも、それでも私は信じたい。私はあの雪の夜に、ふとこの物語を思い出し、私の眼の底にも美しい雪景色を写して置いてお家へ帰り、
「お嫂さん、あたしの眼の中を覗《のぞ》いてごらん。おなかの赤ちゃんが綺麗《きれい》になってよ。」と言お
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