かにつけて、めぐり合せの悪い子なのだ。運のわるい男なのだ。私には、とても、警察にとどける勇気が無い。私は、このどろぼうの襲撃を、あくまで、深夜の客人が、つまらぬところから不意に入来した、という形にして置きたかった。そうして置けば、私は、それを警察にとどけなくても、すむのである。私は、あくまで、かれを客人のあつかいにしてやろうと思った。そんな深慮遠謀もあり、私は、ことさらに猫なで声でどろぼうを招じ入れ、そうして、かれがはいるなり、電燈をぱちんと消してしまった。他日、このどろぼうが、何か罪悪を重ねて、そのとき捕えられ、私の家を襲撃したことをも白状して、警察は、その白状にもとづいて、はじめて私に問い合せに来ても、そのときは、私は頭を掻《か》き掻き、さあ、何せまっくらで、それに夢見ごこちで、記憶が全く朦朧《もうろう》としている始末で、どうもお役に立たず、残念に思います、といって、大いに笑えば、警察のひとも、私の耄碌《もうろく》をあわれみ、ゆるしてくれるのではないか、と思う。重ね重ね、私がぱちんと電燈を消したということは、全く私の卑劣きわまる狡智《こうち》から出発した仕草であって、寸毫《すんごう》も、どろぼうに対する思いやりからでは無かったのである。私は、どろぼうの他日の復讐をおそれ、私の顔を見覚えられることを警戒し、どろぼうのためで無く、私の顔をかくすために、電燈を消したといわれても、致しかた無いのである。まさに、それにちがいなかった。
「すみません。」どろぼうは、ばかなやつ、私のそれほどこまかい老獪の下心にも気づかず、私が電燈消したことに対して、しんからのお礼を言いやがった。
「雨が、まだ降っているかね?」
「いいえ、もう、やんだようです。」まるで、おとなしくなっている。
「こっちへ来たまえ。」私は、火鉢をまえにして坐って、火箸《ひばし》で火をかきまわし、「ここへ坐りたまえ。まだ、火がある。」
「え。」どろぼうは、きちんと膝をそろえてかしこまって坐った様子である。
「少し、火鉢から、はなれて坐っていたほうがいいかも知れないな。」私は、いい気持である。「あまり、火の傍に寄ると、火のあかりで、君の顔が見える。僕は、まだ、君の顔を、なんにも見ていないのだからね。煙草《たばこ》も吸わないようにしましょうね。暗闇の中だと、煙草の火でも、ずいぶん明るいものだからね。」
「は。」どろぼ
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