てもいいかも知れない。おくさん、あんまり他人の事は気にしないほうがいいですよ。
(節子) でも、菊代さんは、わたくしどもをいじめます。野中をそそのかして、わたくしどもの家庭を、……。
(奥田)(笑って)引越しますよ、すぐに。
(節子)(にくしみを含めて)たすかりますわ。
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歌声すこしずつ近くなる。
風吹く。枯葉舞う。
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(奥田) 寒くなりましたね。(寝ている野中のほうを顎《あご》でしゃくって)どうしますか? ずいぶん今夜は飲んだからなあ。
(節子) 悪いお酒じゃないんですか? 頭が痛い痛いと言っていましたけど。
(奥田) だいじょうぶでしょう。あれと同じ酒を、漁師たちが朝から飲んでいて、それでなんとも無いようですから。
(節子) でも、あの人たちと野中とでは、からだがまるで違いますもの。
(奥田) 試験台にはなりませんか。(笑う)どれ、僕が背負って行ってやろうかな?
(節子)(それをさえぎって、鋭く)いいえ。わたくしが致します。もう、お手数《てすう》はかけません。
(奥田) 他人は他人、旦那《だんな》は旦那ですか。(いや味なく笑う)そのほうがいいんです。それじゃ僕はちょっと、あの(と歌声のほうを指さし)チンピラの音楽団のほうへ行って、妹をつかまえて、事の真相を問いただしてみましょう。つまらない悪戯《いたずら》をしやがって。(言いながら気軽に上手《かみて》より退場)
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風さらに強く吹く。
歌声いよいよ近づく。
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(節子)(奥田を見送り、それから、しゃがんで野中の肩をゆすぶる)もし、もし。風邪《かぜ》をひきますよ。さ、一緒に帰りましょうね。(野中の手をとり)まあ、こんなに冷くなって。すみませんでしたわね。わたくしが悪かったのよ。あなた、どうなさったの? (顔を近寄せる)あなた! (狂乱の如く野中の顔、胸、脚など撫《な》でまわし)もし、あなた! (突然立ち上って上手に走り)奥田先生! 奥田せんせい! (また馳《は》せかえり、野中の死体に武者振りついて泣く)すみません、すみません。あなた、もういちど眼をあいて。わたくしは、心をいれかえ
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