あげて、表紙をちらっと見て、とても暗い顔をなさって、けれども何も言わずに黙って、そのまますぐに本をかえして下さったけれど、私もなんだか、いやになって続けて読む気がしなくなった。お母さん、昼顔を読んだことが無いはずなのに、それでも勘で、わかるらしいのだ。夜、静かな中で、ひとりで声たててクオレを読んでいると、自分の声がとても大きく間抜けてひびいて、読みながら、ときどき、くだらなくなって、お母さんに恥ずかしくなってしまう。あたりが、あんまり静かなので、ばかばかしさが目立つ。クオレは、いつ読んでも、小さい時に読んで受けた感激とちっとも変らぬ感激を受けて、自分の心も、素直に、きれいになるような気がして、やっぱりいいなと思うのであるが、どうも、声を出して読むのと、目で読むのとでは、ずいぶん感じがちがうので、驚き、閉口の形である。でも、お母さんは、エンリコのところや、ガロオンのところでは、うつむいて泣いて居られた。うちのお母さんも、エンリコのお母さんのように立派な美しいお母さんである。
 お母さんは、さきにおやすみ。けさ早くからお出掛けだったゆえ、ずいぶん疲れたことと思う。お蒲団《ふとん》を直してあ
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