りになる。何やら用事があるとかで、お母さんを連れて出掛けてしまう。はいはい附いて行くお母さんもお母さんだし、今井田が何かとお母さんを利用するのは、こんどだけでは無いけれど、今井田御夫婦のあつかましさが、厭で厭で、ぶんなぐりたい気持がする。門のところまで、皆さんをお送りして、ひとりぼんやり夕闇の路を眺めていたら、泣いてみたくなってしまう。
 郵便函には、夕刊と、お手紙二通。一通はお母さんへ、松坂屋から夏物売出しのご案内。一通は、私へ、いとこの順二さんから。こんど前橋の連隊へ転任することになりました。お母さんによろしく、と簡単な通知である。将校さんだって、そんなに素晴らしい生活内容などは、期待できないけれど、でも、毎日毎日、厳酷に無駄なく起居するその規律がうらやましい。いつも身が、ちゃんちゃんと決っているのだから、気持の上から楽なことだろうと思う。私みたいに、何もしたくなければ、いっそ何もしなくてすむのだし、どんな悪いことでもできる状態に置かれているのだし、また、勉強しようと思えば、無限といっていいくらいに勉強の時間があるのだし、慾を言ったら、よほどの望みでもかなえてもらえるような気がする
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