のまま事実を、言ったつもりなのに、今井田さん御夫婦は、窮余の一策とは、うまいことをおっしゃる、と手を拍《う》たんばかりに笑い興じるのである。私は、口惜しくて、お箸とお茶碗ほおり出して、大声あげて泣こうかしらと思った。じっとこらえて、無理に、にやにや笑って見せたら、お母さんまでが、
「この子も、だんだん役に立つようになりましたよ」と、お母さん、私のかなしい気持、ちゃんとわかっていらっしゃる癖に、今井田さんの気持を迎えるために、そんなくだらないことを言って、ほほと笑った。お母さん、そんなにまでして、こんな今井田なんかの御機嫌とることは、ないんだ。お客さんと対しているときのお母さんは、お母さんじゃない。ただの弱い女だ。お父さんが、いなくなったからって、こんなにも卑屈になるものか。情なくなって、何も言えなくなっちゃった。帰って下さい、帰って下さい。私の父は、立派なお方だ。やさしくて、そうして人格が高いんだ。お父さんがいないからって、そんなに私たちをばかにするんだったら、いますぐ帰って下さい。よっぽど今井田に、そう言ってやろうと思った。それでも私は、やっぱり弱くて、良夫さんにハムを切ってあげたり
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