御自身であっても、わたくしを元へお帰しなさる事はお出来になりますまい。神様でも、鳥よ虫になれとは仰《おっし》ゃる事が出来ますまい。先にその鳥の命をお断ちになってからでも、そう仰ゃる事は出来ますまい。わたくしを生きながら元の道へお帰らせなさることのお出来にならないのも、同じ道理でございます。幾らあなたでも人間のお詞《ことば》で、そんな事を出来《でか》そうとは思召《おぼしめ》しますまい。」
「わたくしは、あなたの教で禁じてある程、自分の意志の儘に進んで参って、跡を振り返っても見ませんでした。それはわたくし好く存じています。併《しか》しどなただって、わたくしに、お前の愛しようは違うから、別な愛しようをしろと仰ゃる事は出来ますまい。あなたの心の臓はわたくしの胸には嵌《は》まりますまい。又わたくしのはあなたのお胸には嵌まりますまい。あなたはわたくしを、謙遜を知らぬ、我慾の強いものだと仰ゃるかも知れませんが、それと同じ権利で、わたくしはあなたを、気の狭い卑屈な方だと申す事も出来ましょう。あなたの尺度でわたくしをお測りになって、その尺度が足らぬからと言って、わたくしを度はずれだと仰ゃる訳には行きます
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