うか。
――そうお願いできれば、……
――ふん。あなたを罰する法律が無いので、いやになったのですよ。お帰りなさい。
――ありがとう存じます。
――あ、ちょっと。一つだけ、お伺いします。奥さんが殺されて、女学生が勝った場合は、どうなりますか?
――どうもこうもなりません。そいつは残った弾丸で、私をも撃ち殺したでしょう。
――ご存じですね。奥さんは、すると、あなたの命の恩人ということになりますね。
――女房は、可愛げの無い女です。好んで犠牲になったのです。エゴイストです。
――もう一つお伺いします。あなたは、どちらの死を望みましたか? あなたは、隠れて見ていましたね。旅行していたというのは嘘ですね。あの前夜も、女学生の下宿に訪ねて行きましたね。あなたは、どちらの死を望んでいたのですか? 奥さんでしょうね。
――いいえ、私は、(と芸術家は威厳のある声で言いました。)どちらも生きてくれ、と念じていました。
――そうです。それでいいのです。私はあなたの、今の言葉だけを信頼します。(と検事は、はじめて白い歯を出して微笑《ほほえ》み、芸術家の肩をそっと叩いて、)そうで無ければ、私
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