て行く女房の姿を見て、ちょっと立ちどまり、それから、ばかな事はしたくない、という頗《すこぶ》る当り前の考えから、くるりと廻れ右して、もと来た道をさっさと引き返し、汽車に乗り、何食わぬ顔してわが家に帰り、ごろりとソファに寝ころがった。それから、いろいろ人から聞いて、女房のその後の様子を、次の如く知ることが出来たのであります。以下は、勿論、芸術家が直接に見て知ったことでは無く、さまざまの人達から少しずつ聞いたところのものを綜合して、それに自分の空想をもたくみに案配《あんばい》して綴った、謂《い》わば説明の文章であります。描写の文章では無いようであります。すなわち、女房が村役場に這入って行って、人を一人殺しました、と自首する。
「それを聞いて役場の書記二人はこれまで話に聞いた事も無い出来事なので、女房の顔を見て微笑《ほほえ》んだ。少し取り乱しているが、上流の奥さんらしく見える人が変な事を言うと思ったのである。書記等は多分これはどこかから逃げて来た女気違だろうと思った。
 女房は是非縛って貰いたいと云って、相手を殺したと云う場所を精《くわ》しく話した。
 それから人を遣って調べさせて見ると、相
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