だけが問題だ。」二人の女は黙ってせっせと歩いている。女学生がどんなに急いで歩いても、いつも女房の方が一足先に立って行く。遠くに見えている白樺の森が次第にゆるゆると近づいて来る。あの森が、約束の地点だ。(以上 DAZAI)
すぐつづけて原作は、
『この森の直ぐ背後で、女房は突然立ち留まった。その様子が今まで人に追い掛けられていて、この時決心して自分を追い掛けて来た人に向き合うように見えた。
「お互に六発ずつ打つ事にしましょうね。あなたがお先へお打ちなさい。」
「ようございます。」
二人の交えた会話はこれだけであった。
女学生ははっきりした声で数を読みながら、十二歩歩いた。そして女房のするように、一番はずれの白樺の幹に並んで、相手と向き合って立った。
周囲の草原はひっそりと眠っている。停車場から鐸《すず》の音が、ぴんぱんぴんぱんと云うように聞える。丁度時計のセコンドのようである。セコンドや時間がどうなろうと、そんな事は、もうこの二人には用が無いのである。女学生の立っている右手の方に浅い水溜《みずたまり》があって、それに空が白く映っている。それが草原の中に牛乳をこぼしたように見える。
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