「大丈夫だから、やったんじゃないか。かならず勝ちます。」
 と、よそゆきの言葉でお答えになった。主人の言う事は、いつも嘘ばかりで、ちっともあてにならないけれど、でも此のあらたまった言葉一つは、固く信じようと思った。
 台所で後かたづけをしながら、いろいろ考えた。目色、毛色が違うという事が、之程《これほど》までに敵愾心《てきがいしん》を起させるものか。滅茶苦茶に、ぶん殴りたい。支那を相手の時とは、まるで気持がちがうのだ。本当に、此の親しい美しい日本の土を、けだものみたいに無神経なアメリカの兵隊どもが、のそのそ歩き廻るなど、考えただけでも、たまらない、此の神聖な土を、一歩でも踏んだら、お前たちの足が腐るでしょう。お前たちには、その資格が無いのです。日本の綺麗な兵隊さん、どうか、彼等を滅《め》っちゃくちゃに、やっつけて下さい。これからは私たちの家庭も、いろいろ物が足りなくて、ひどく困る事もあるでしょうが、御心配は要《い》りません。私たちは平気です。いやだなあ、という気持は、少しも起らない。こんな辛《つら》い時勢に生れて、などと悔やむ気がない。かえって、こういう世に生れて生甲斐《いきがい》をさ
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