い。奥様に、可愛い可愛いと、ひどくほめられた。御主人は、ジャンパーなど召して、何やらいさましい恰好《かっこう》で玄関に出て来られたが、いままで縁の下に蓆《むしろ》を敷いて居られたのだそうで、
「どうも、縁の下を這《は》いまわるのは敵前上陸に劣らぬ苦しみです。こんな汚い恰好で、失礼。」
とおっしゃる。縁の下に蓆などを敷いて一体、どうなさるのだろう。いざ空襲という時、這い込もうというのかしら。不思議だ。
でも亀井さんの御主人は、うちの主人と違って、本当に御家庭を愛していらっしゃるから、うらやましい。以前は、もっと愛していらっしゃったのだそうだけれど、うちの主人が近所に引越して来てからお酒を呑む事を教えたりして、少しいけなくしたらしい。奥様も、きっと、うちの主人を恨《うら》んでいらっしゃる事だろう。すまないと思う。
亀井さんの門の前には、火叩きやら、なんだか奇怪な熊手のようなものやら、すっかりととのえて用意されてある。私の家には何も無い。主人が不精だから仕様が無いのだ。
「まあ、よく御用意が出来て。」
と私が言うと、御主人は、
「ええ、なにせ隣組長ですから。」
と元気よくおっしゃる
前へ
次へ
全17ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング