壊した。破壊しようとする強い意志が無くとも、おのずから、つぎつぎと崩壊した。私が昭和五年に弘前の高等学校を卒業して大学へはいり、東京に住むようになってから今まで、いったい何度、転居したろう。その転居も、決して普通の形式ではなかった。私はたいてい全部を失い、身一つでのがれ去り、あらたにまた別の土地で、少しずつ身のまわりの品を都合するというような有様であった。戸塚。本所《ほんじょ》。鎌倉の病室。五反田《ごたんだ》。同朋町《どうほうちょう》。和泉町《いずみちょう》。柏木《かしわぎ》。新富町《しんとみちょう》。八丁堀。白金三光町《しろがねさんこうちょう》。この白金三光町の大きな空家《あきや》の、離れの一室で私は「思い出」などを書いていた。天沼《あまぬま》三丁目。天沼一丁目。阿佐《あさ》ヶ|谷《や》の病室。経堂《きょうどう》の病室。千葉県船橋。板橋の病室。天沼のアパート。天沼の下宿。甲州|御坂峠《みさかとうげ》。甲府市の下宿。甲府市郊外の家。東京都下|三鷹町《みたかまち》。甲府水門町。甲府新柳町。津軽。
 忘れているところもあるかも知れないが、これだけでも既に二十五回の転居である。いや、二十五回
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