を心配して、なんべんとなく私の代りに藥を買ひに行つて呉れた。私と弟とは子供のときから仲がわるくて、弟が中學へ受驗する折にも、私は彼の失敗を願つてゐたほどであつたけれど、かうしてふたりで故郷から離れて見ると、私にも弟のよい氣質がだんだん判つて來たのである。弟は大きくなるにつれて無口で内氣になつてゐた。私たちの同人雜誌にもときどき小品文を出してゐたが、みんな氣の弱々した文章であつた。私にくらべて學校の成績がよくないのを絶えず苦にしてゐて、私がなぐさめでもするとかへつて不氣嫌になつた。また、自分の額の生えぎはが富士のかたちに三角になつて女みたいなのをいまいましがつてゐた。額がせまいから頭がこんなに惡いのだと固く信じてゐたのである。私はこの弟にだけはなにもかも許した。私はその頃、人と對するときには、みんな押し隱して了ふか、みんなさらけ出して了ふか、どちらかであつたのである。私たちはなんでも打ち明けて話した。
秋のはじめの或る月のない夜に、私たちは港の棧橋へ出て、海峽を渡つてくるいい風にはたはたと吹かれながら赤い絲について話合つた。それはいつか學校の國語の教師が授業中に生徒へ語つて聞かせたこと
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