流した。叔母が私を搖り起した時は、私は床の中で叔母の胸に顏を押しつけて泣いてゐた。眼が覺めてからも、私はまだまだ悲しくて永いことすすり泣いた。けれども、その夢のことは叔母にも誰にも話さなかつた。
叔母についての追憶はいろいろとあるが、その頃の父母の思ひ出は生憎と一つも持ち合せない。曾祖母、祖母、父、母、兄三人、姉四人、弟一人、それに叔母と叔母の娘四人の大家族だつた筈であるが、叔母を除いて他のひとたちの事は私も五六歳になるまでは殆ど知らずにゐたと言つてよい。廣い裏庭に、むかし林檎の大木が五六本あつたやうで、どんよりと曇つた日、それらの木に女の子が多人數で昇つて行つた有樣や、そのおなじ庭の一隅に菊畑があつて、雨の降つてゐたとき、私はやはり大勢の女の子らと傘さし合つて菊の花の咲きそろつてゐるのを眺めたことなど、幽かに覺えて居るけれど、あの女の子らが私の姉や從姉たちだつたのかも知れない。
六つ七つになると思ひ出もはつきりしてゐる。私がたけといふ女中から本を讀むことを教へられ二人で樣々の本を讀み合つた。たけは私の教育に夢中であつた。私は病身だつたので、寢ながらたくさん本を讀んだ。讀む本がなく
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