[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]れば地獄へ落ちる、とたけは言つた。たけが※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]すと、いい音をたててひとしきり※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて、かならずひつそりと止るのだけれど、私が※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]すと後戻りすることがたまたまあるのだ。秋のころと記憶するが、私がひとりでお寺へ行つてその金輪のどれを※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]して見ても皆言ひ合せたやうにからんからんと逆※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りした日があつたのである。私は破れかけるかんしやくだまを抑へつつ何十囘となく執拗に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]しつづけた。日が暮れかけて來たので、私は絶望してその墓地から立ち去つた。
 父母はその頃東京にすまつてゐたらしく、私は叔母に連れられて上京した。私は餘程ながく東京に居たのださうであるが、あまり記憶に殘つてゐない。その東京の別宅へ、ときどき訪れる婆のことを覺えてゐるだけである。私は此の婆がきらひで、婆の來る度毎に泣いた。婆は私に赤い郵便自動車の玩具をひとつ呉れたが、ちつとも面白くなかつたのである。
 やがて私は故郷の小學校へ入つたが、追憶もそれと共に一變する。たけは、いつの間にかゐなくなつてゐた。或漁村へ嫁に行つたのであるが、私がそのあとを追ふだらうといふ懸念からか、私には何も言はずに突然ゐなくなつた。その翌年だかのお盆のとき、たけは私のうちへ遊びに來たが、なんだかよそよそしくしてゐた。私に學校の成績を聞いた。私は答へなかつた。ほかの誰かが代つて知らせたやうだ。たけは、油斷大敵でせえ、と言つただけで格別ほめもしなかつた。
 同じ頃、叔母とも別れなければならぬ事情が起つた。それまでに叔母の次女は嫁ぎ、三女は死に、長女は齒醫者の養子をとつてゐた。叔母はその長女夫婦と末娘とを連れて、遠くのまちへ分家したのである。私もついて行つた。それは冬のことで、私は叔母と一緒に橇の隅へうずくまつてゐると、橇の動きだす前に私のすぐ上の兄が、婿《むご》、婿《むご》と私を罵つて橇の幌の外から私の尻を何邊もつついた。私は齒を食ひしばつて此の屈辱にこらへた。私は叔母に貰はれたのだと思つてゐたが、學校にはひるやうになつたら、また故郷へ返されたのである。
 學校に入つてからの私は、もう子供でなかつた。裏の空屋敷には色んな雜草がのんのんと繁つてゐたが、夏の或る天氣のいい日に私はその草原の上で弟の子守から息苦しいことを教へられた。私が八つぐらゐで、子守もそのころは十四五を越えてゐまいと思ふ。苜蓿を私の田舍では「ぼくさ」と呼んでゐるが、その子守は私と三つちがふ弟に、ぼくさの四つ葉を搜して來い、と言ひつけて追ひやり私を抱いてころころと轉げ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つた。それからも私たちは藏の中だの押入の中だのに隱れて遊んだ。弟がひどく邪魔であつた。押入のそとにひとり殘された弟が、しくしく泣き出した爲、私のすぐの兄に私たちのことを見つけられてしまつた時もある。兄が弟から聞いて、その押入の戸をあけたのだ。子守は、押入へ錢《ぜに》を落したのだ、と平氣で言つてゐた。
 嘘は私もしじゆう吐いてゐた。小學二年か三年の雛祭りのとき學校の先生に、うちの人が今日は雛さまを飾るのだから早く歸れと言つてゐる、と嘘を吐いて授業を一時間も受けずに歸宅し、家の人には、けふは桃の節句だから學校は休みです、と言つて雛を箱から出すのに要らぬ手傳ひをしたことがある。また私は小鳥の卵を愛した。雀の卵は藏の屋根瓦をはぐと、いつでもたくさん手にいれられたが、さくらどりの卵やからすの卵などは私の屋根に轉つてなかつたのだ。その燃えるやうな緑の卵や可笑しい斑點のある卵を、私は學校の生徒たちから貰つた。その代り私はその生徒たちに私の藏書を五册十册とまとめて與へるのである。集めた卵は綿でくるんで机の引き出しに一杯しまつて置いた。すぐの兄は、私のその祕密の取引に感づいたらしく、ある晩、私に西洋の童話集ともう一册なんの本だか忘れたが、その二つを貸して呉れと言つた。私は兄の意地惡さを憎んだ。私はその兩方の本とも卵に投資して了つてないのであつた。兄は私がないと言へばその本の行先を追及するつもりなのだ。私は、きつとあつた筈だから搜して見る、と答へた。私は、私の部屋は勿論、家中いつぱいランプをさげて搜して歩いた。兄は私についてあるきながら、ないのだらう、と言つて笑つてゐた。私は、ある、と頑強に言ひ張つた。臺所の戸棚の上によぢのぼつてまで搜した。兄はしまひに、もういい、と言つた。
 學校で作る私の綴方も、ことごとく出鱈目であつたと言つてよい。私は私自身を神妙ないい子にして綴るやう努力した。さうすれば
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