い澱《よど》んでいるので、つけこんで来た。「私だって、一家のあるじだ。こごとなんて、聞きたくないや。だまされたなんて言うけれど、こうして植えて、たのしんでいるじゃないですか。」図星であった。私は、敗色が濃かった。
「それあ、たのしんでいる。僕は、四円もとられたんだぜ。」
「安いもんじゃないですか。」言下に反撥して来る。闘志満々である。「カフェへ行って酒を呑むことを考えなさい。」失敬なことまで口走る。
「カフェなんかへは行かないよ。行きたくても、行けないんだ。四円なんて、僕には、おそろしく痛かったんですよ。」実相をぶちまけるより他は無い。
「痛かったかどうか、こっちの知ったことじゃないんです。」商人は、いよいよ勢を得て、へへんと私を嘲笑《ちょうしょう》した。「そんなに痛かったら、あっさり白状して断れば、よかったんだ。」
「それが僕の弱さだ。断れなかったんだ。」
「そんなに弱くて、どうしますか。」いよいよ私を軽蔑《けいべつ》する。「男一匹、そんなに弱くてよくこの世の中に生きて行けますね。」生意気なやつである。
「僕も、そう思うんだ。だから、これからは、要らないときには、はっきり要らないと断
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング