「顔が綺麗だって事は、一つの不幸ですね」
 私は噴き出した。とんでもない人だと思った。戸石君は剣道三段で、そうして身の丈《たけ》六尺に近い人である。私は、戸石君の大きすぎる図体に、ひそかに同情していたのである。兵隊へ行っても、合う服が無かったり、いろいろ目立って、からかわれ、人一倍の苦労をするのではあるまいかと心配していたのであったが、戸石君からのお便りによると、
「隊には小生よりも背の大きな兵隊が二三人居ります。しかしながら、スマートというものは八寸五分迄に限るという事を発見いたしました。」
 ということで、ご自分が、その八寸五分のスマートに他ならぬと固く信じて疑わぬ有様で、まことに春風|駘蕩《たいとう》とでも申すべきであって、
「僕の顔にだって、欠点はあるんですよ、誰も気がついていないかも知れませんけど。」とさえ言った事などもあり、とにかく一座を賑《にぎ》やかに笑わせてくれたものである。
 戸石君は、果して心の底から自惚《うぬぼ》れているのかどうか、それはわからない。少しも自惚れてはいないのだけれども、一座を華やかにする為に、犠牲心を発揮して、道化役を演じてくれたのかも知れない
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