井君の親友にたのんだ事がある。そうして、三井君の親友は、私のその言葉を三井君に伝えたらしく、それ以来、三井君は私のところへ来なくなった。
 私のところへ来なくなって、三箇月か四箇月目に三井君は死んだ。私は、三井君の親友から葉書でその逝去《せいきょ》の知らせを受けたのである。このような時代に、からだが悪くて兵隊にもなれず、病床で息を引きとる若いひとは、あわれである。あとで三井君の親友から聞いたが、三井君には、疾患をなおす気がなかったようだ。御母堂と三井君と二人きりのわびしい御家庭のようであるが、病勢がよほどすすんでからでも、三井君は、御母堂の眼をぬすんで、病床から抜け出し、巷《ちまた》を歩き、おしるこなど食べて、夜おそく帰宅する事がしばしばあったようである。御母堂は、はらはらしながらも、また心の片隅では、そんなに平然と外出する三井君の元気に頼って、まだまだ大丈夫と思っていらっしゃったようでもある。三井君は、死ぬる二、三日前まで、そのように気軽な散歩を試みていたらしい。三井君の臨終《りんじゅう》の美しさは比類が無い。美しさ、などという無責任なお座なりめいた巧言は、あまり使いたくないのだが、
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