に依っては、失礼な事とも思われます。私の知人が、いま三人ほど満洲に住んで大いそがしで働いて居ります。私は、その知人たちに逢い、一夜しみじみ酒を酌《く》み合いたく、その為ばかりにでも、私は満洲に行きたいのですが、満洲は、いま、大いそがしの最中なのだという事を思えば、ぎゅっと真面目になり、浮いた気持もなくなります。
私のような、頗《すこぶ》る「国策型」で無い、無力の作家でも、満洲の現在の努力には、こっそり声援を送りたい気持なのです。私は、いい加減な嘘は、吐きません。それだけを、誇りにして生きている作家であります。私は、政治の事は、少しも存じませんが、けれども、人間の生活に就いては、わずかに知っているつもりであります。日常生活の感情だけは、少し知っているつもりであります。それを知らずに、作家とは言われません。日本から、たくさんの作家が満洲に出掛けて、お役人の御案内で「視察」をして、一体どんな「生活感情」を見つけて帰るのでしょう。帰って来てからの報告文を読んでも、甚だ心細い気が致します。日本でニュウス映画を見ていても、ちゃんとわかる程度のものを発見して、のほほん顔でいるようであります。此の上
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