日本で自分の信頼しているひとは、あなただけなんだから、これからも附合ってくれ、と言い、私は見っともないくらいそりかえって、いい気持になり、調子に乗って誰彼を大声で罵倒《ばとう》しはじめ、おとなしい丸山君は少しく閉口の気味になったようで、
「では、きょうはこれくらいにして、おいとまします。」
と言った。
「いや、いけません。ウイスキイがまだ少し残っている。」
「いや、それは残して置きなさい。あとで残っているのに気が附いた時には、また、わるくないものですよ。」
苦労人らしい口調で言った。
私は丸山君を吉祥寺駅まで送って行って、帰途、公園の森の中に迷い込み、杉の大木に鼻を、イヤというほど強く衝突させてしまった。
翌朝、鏡を見ると、目をそむけたいくらいに鼻が赤く、大きくはれ上っていて、鬱々として楽しまず、朝の食卓についた時、家の者が、
「どうします? アペリチイフは? ウイスキイが少し残っていてよ。」
救われた。なるほど、お酒は少し残して置くべきものだ。善い哉《かな》、丸山君の思いやり。私はまったく、丸山君の優しい人格に傾倒した。
丸山君は、それからも、私のところへ時々、速達をよこ
前へ
次へ
全16ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング