で躍り出して来て、紳士淑女も、へんに口をひんまげながらも、これを鯨飲《げいいん》し給う有様である。
「ひやは、からだに毒ですよ。」
 など言って相擁して泣く芝居は、もはやいまの観客の失笑をかうくらいなものであろう。
 さいきん私は、からだ具合いを悪くして、実に久しぶりで、小さい盃でちびちび一級酒なるものを飲み、その変転のはげしさを思い、呆然《ぼうぜん》として、わが身の下落の取りかえしのつかぬところまで来ている事をいまさらの如く思い知らされ、また同時に、身辺の世相風習の見事なほどの変貌が、何やら恐ろしい悪夢か、怪談の如く感ぜられ、しんに身の毛のよだつ思いをしたことであった。



底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房
   1989(平成元)年5月30日第1刷発行
   1998(平成10)年6月15日第5刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月発行
入力:柴田卓治
校正:かとうかおり
2000年1月25日公開
2005年11月6日修正
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