な豪華な酒宴は無かった。一人が一升瓶一本ずつを擁して、それぞれ手酌で、大きいコップでぐいぐいと飲むのである。さかなも、大どんぶりに山盛りである。二十人ちかい常連は、それぞれ世に名も高い、といっても決して誇張でないくらいの、それこそ歴史的な酒豪ばかりであったようだが、しかし、なかなか飲みほせなかった様子であった。私はその頃は、既に、ひや酒でも何でも、大いに飲める野蛮人になりさがっていたのであるが、しかし、七合くらいで、もう苦しくなって、やめてしまった。秋田産のその美酒は、アルコール度もなかなか高いようであった。
「岡島さんは、見えないようだね。」
と、常連の中の誰かが言った。
「いや、岡島さんの家はね、きのうの空襲で丸焼けになったんです。」
「それじゃあ、来られない。気の毒だねえ、せっかくのこんないいチャンス、……」
などと言っているうちに、顔は煤《すす》だらけ、おそろしく汚い服装の中年のひとが、あたふたと店にはいって来て、これがその岡島さん。
「わあ、よく来たものだ。」
と皆々あきれ、かつは感嘆した。
この時の異様な酒宴に於いて、最も泥酔し、最も見事な醜態を演じた人は、実にわが
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