のグラスを気取った手つきで口もとへ持って行って、少しくなめるという種族の男で、そうして日本酒のお銚子《ちょうし》を並べて騒いでいる生徒たちに、嫌悪《けんお》と侮蔑《ぶべつ》と恐怖を感じていたものであった。いや、本当の話である。
 けれども、やがて私も、日本酒を飲む事に馴《な》れたが、しかし、それは芸者遊びなどしている時に、芸者にあなどられたくない一心から、にがいにがいと思いつつ、チビチビやって、そうして必ず、すっくと立って、風の如く御不浄に走り行き、涙を流して吐いて、とにかく、必ず呻《うめ》いて吐いて、それから芸者に柿などむいてもらって、真蒼《まっさお》な顔をして食べて、そのうちにだんだん日本酒にも馴れた、という甚《はなは》だ情無い苦行の末の結実なのであった。
 小さい盃で、チビチビ飲んでも、既にかくの如き過激の有様である。いわんや、コップ酒、ひや酒、ビイルとチャンポンなどに到っては、それはほとんど戦慄《せんりつ》の自殺行為と全く同一である、と私は思い込んでいたのである。
 いったい昔は、独酌でさえあまり上品なものではなかったのである。必ずいちいち、お酌《しゃく》をさせたものなのである
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