。酒は独酌に限りますなあ、なんて言う男は、既に少し荒《すさ》んだ野卑な人物と見なされたものである。小さい盃の中の酒を、一息にぐいと飲みほしても、周囲の人たちが眼を見はったもので、まして独酌で二三杯、ぐいぐいつづけて飲みほそうものなら、まずこれはヤケクソの酒乱と見なされ、社交界から追放の憂目《うきめ》に遭《あ》ったものである。
 あんな小さい盃で二、三杯でも、もはやそのような騒ぎなのだから、コップ酒、茶碗酒などに到っては、まさしく新聞だねの大事件であったようである。これは新派の芝居のクライマックスによく利用せられていて、
「ねえさん! 飲ませて! たのむわ!」
 と、色男とわかれた若い芸者は、お酒のはいっているお茶碗を持って身悶《みもだ》えする。ねえさん芸者そうはさせじと、その茶碗を取り上げようと、これまた身悶えして、
「わかる、小梅さん、気持はわかる、だけど駄目。茶碗酒の荒事《あらごと》なんて、あなた、私を殺してからお飲み。」
 そうして二人は、相擁《あいよう》して泣くのである。そうしてその狂言では、このへんが一ばん手に汗を握らせる、戦慄と興奮の場面になっているのである。
 これが、ひや酒となると、尚《なお》いっそう凄惨《せいさん》な場面になるのである。うなだれている番頭は、顔を挙げ、お内儀のほうに少しく膝《ひざ》をすすめて、声ひそめ、
「申し上げてもよろしゅうございますか。」
 と言う。何やら意を決したもののようである。
「ああ、いいとも。何でも言っておくれ。どうせ私は、あれの事には、呆《あき》れはてているのだから。」
 若旦那の不行跡に就《つ》いて、その母と、その店の番頭が心配している場面のようである。
「それならば申し上げます。驚きなすってはいけませんよ。」
「だいじょうぶだってば!」
「あの、若旦那は、深夜台所へ忍び込み、あの、ひやざけ、……」と言いも終らず番頭、がっぱと泣き伏し、お内儀、
「げえっ!」とのけぞる。木枯しの擬音。
 ほとんど、ひや酒は、陰惨きわまる犯罪とせられていたわけである。いわんや、焼酎《しょうちゅう》など、怪談以外には出て来ない。
 変れば変る世の中である。
 私がはじめて、ひや酒を飲んだのは、いや、飲まされたのは、評論家古谷綱武君の宅に於《おい》てである。いや、その前にも飲んだ事があるのかも知れないが、その時の記憶がイヤに鮮明である。
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