徳革命の完成なのでございます。
あなたが私をお忘れになっても、また、あなたが、お酒でいのちをお無くしになっても、私は私の革命の完成のために、丈夫で生きて行けそうです。
あなたの人格のくだらなさを、私はこないだも或るひとから、さまざま承りましたが、でも、私にこんな強さを与えて下さったのは、あなたです。私の胸に、革命の虹《にじ》をかけて下さったのはあなたです。生きる目標を与えて下さったのは、あなたです。
私はあなたを誇りにしていますし、また、生れる子供にも、あなたを誇りにさせようと思っています。
私生児と、その母。
けれども私たちは、古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです。
どうか、あなたも、あなたの闘いをたたかい続けて下さいまし。
革命は、まだ、ちっとも、何も、行われていないんです。もっと、もっと、いくつもの惜しい貴い犠牲が必要のようでございます。
いまの世の中で、一ばん美しいのは犠牲者です。
小さい犠牲者が、もうひとりいました。
上原さん。
私はもうあなたに、何もおたのみする気はございませんが、けれども、その小さい犠牲者のために、一つだけ、おゆるしをお願いしたい事があるのです。
それは、私の生れた子を、たったいちどでよろしゅうございますから、あなたの奥さまに抱かせていただきたいのです。そうして、その時、私にこう言わせていただきます。
「これは、直治が、或る女のひとに内緒に生ませた子ですの」
なぜ、そうするのか、それだけはどなたにも申し上げられません。いいえ、私自身にも、なぜそうさせていただきたいのか、よくわかっていないのです。でも、私は、どうしても、そうさせていただかなければならないのです。直治というあの小さい犠牲者のために、どうしても、そうさせていただかなければならないのです。
ご不快でしょうか。ご不快でも、しのんでいただきます。これが捨てられ、忘れかけられた女の唯一《ゆいいつ》の幽《かす》かないやがらせと思召《おぼしめ》し、ぜひお聞きいれのほど願います。
M・C マイ、コメデアン。
昭和二十二年二月七日。
底本:「斜陽」新潮文庫、新潮社
1950(昭和25)年11月20日発行
1994(平成4)年6月5日93刷
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:SAME SIDE
校正:細渕紀子
2003年1月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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