で飲むものですわね。
こちらに、いらっしゃいません?
M・C様
きょうも雨降りになりました。目に見えないような霧雨《きりさめ》が降っているのです。毎日々々、外出もしないで御返事をお待ちしているのに、とうとうきょうまでおたよりがございませんでした。いったいあなたは、何をお考えになっているのでしょう。こないだの手紙で、あの大師匠さんの事など書いたのが、いけなかったのかしら。こんな縁談なんかを書いて、競争心をかき立てようとしていやがる、とでもお思いになったのでしょうか。でも、あの縁談は、もうあれっきりだったのです。さっきも、お母さまと、その話をして笑いました。お母さまは、こないだ舌の先が痛いとおっしゃって、直治にすすめられて、美学療法をして、その療法に依《よ》って、舌の痛みもとれて、この頃はちょっとお元気なのです。
さっき私がお縁側に立って、渦《うず》を巻きつつ吹かれて行く霧雨を眺めながら、あなたのお気持の事を考えていましたら、
「ミルクを沸《わか》したから、いらっしゃい」
とお母さまが食堂のほうからお呼びになりました。
「寒いから、うんと熱くしてみたの」
私たちは、食堂で湯気の立っている熱いミルクをいただきながら、先日の師匠さんの事を話合いました。
「あの方と、私とは、どだい何も似合いませんでしょう?」
お母さまは平気で、
「似合わない」
とおっしゃいました。
「私、こんなにわがままだし、それに芸術家というものをきらいじゃないし、おまけに、あの方にはたくさんの収入があるらしいし、あんな方と結婚したら、そりゃいいと思うわ。だけど、ダメなの」
お母さまは、お笑いになって、
「かず子は、いけない子ね。そんなに、ダメでいながら、こないだあの方と、ゆっくり何かとたのしそうにお話をしていたでしょう。あなたの気持が、わからない」
「あら、だって、面白かったんですもの。もっと、いろいろ話をしてみたかったわ。私、たしなみが無いのね」
「いいえ、べったりしているのよ。かず子べったり」
お母さまは、きょうは、とてもお元気。
そうして、きのうはじめてアップにした私の髪をごらんになって、
「アップはね、髪の毛の少いひとがするといいのよ。あなたのアップは立派すぎて、金《きん》の小さい冠でも載せてみたいくらい。失敗ね」
「かず子がっかり。だって、お母さまはいつだったか、か
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