いらっしゃるのですか?」
と笑いながらたずねた。
「蝮の卵を燃やしているのです。蝮が出ると、こわいんですもの」
「大きさは、どれくらいですか?」
「うずらの卵くらいで、真白なんです」
「それじゃ、ただの蛇の卵ですわ。蝮の卵じゃないでしょう。生《なま》の卵は、なかなか燃えませんよ」
娘さんは、さも可笑《おか》しそうに笑って、去った。
三十分ばかり火を燃やしていたのだけれども、どうしても卵は燃えないので、子供たちに卵を火の中から拾わせて、梅の木の下に埋めさせ、私は小石を集めて墓標を作ってやった。
「さあ、みんな、拝むのよ」
私がしゃがんで合掌すると、子供たちもおとなしく私のうしろにしゃがんで合掌したようであった。そうして子供たちとわかれて、私ひとり石段をゆっくりのぼって来ると、石段の上の、藤棚《ふじだな》の蔭《かげ》にお母さまが立っていらして、
「可哀《かわい》そうな事をするひとね」
とおっしゃった。
「蝮かと思ったら、ただの蛇だったの。けれど、ちゃんと埋葬してやったから、大丈夫」
とは言ったものの、こりゃお母さまに見られて、まずかったかなと思った。
お母さまは決して迷信家ではないけれども、十年前、お父上が西片町のお家で亡くなられてから、蛇をとても恐れていらっしゃる。お父上の御臨終の直前に、お母さまが、お父上の枕元《まくらもと》に細い黒い紐《ひも》が落ちているのを見て、何気なく拾おうとなさったら、それが蛇だった。するすると逃げて、廊下に出てそれからどこへ行ったかわからなくなったが、それを見たのは、お母さまと、和田の叔父さまとお二人きりで、お二人は顔を見合せ、けれども御臨終のお座敷の騒ぎにならぬよう、こらえて黙っていらしたという。私たちも、その場に居合せていたのだが、その蛇の事は、だから、ちっとも知らなかった。
けれども、そのお父上の亡くなられた日の夕方、お庭の池のはたの、木という木に蛇がのぼっていた事は、私も実際に見て知っている。私は二十九のばあちゃんだから、十年前のお父上の御逝去《ごせいきょ》の時は、もう十九にもなっていたのだ。もう子供では無かったのだから、十年|経《た》っても、その時の記憶はいまでもはっきりしていて、間違いは無い筈《はず》だが、私がお供えの花を剪《き》りに、お庭のお池のほうに歩いて行って、池の岸のつつじのところに立ちどまって、ふと見る
前へ
次へ
全97ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング