《しま》を、……」
「わるくないでしょう? あなたの好《す》く縞だと思っていたの」
「きょうは、夫婦喧嘩でね、陰《いん》にこもってやりきれねえんだ。飲もう。今夜は泊るぜ。だんぜん泊る」
 子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
 桜桃が出た。
 私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓《つる》を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、珊瑚《さんご》の首飾りのように見えるだろう。
 しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐《は》き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。



底本:角川文庫「人間失格・桜桃」角川書店
   1989(平成元)年4月10日初版発行
入力:高橋美奈子
校正:瀬戸さえ子
1999年4月8日公開
2004年2月23日修正
青空文庫作成ファイル:
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