はいないのだ。配給や登録の事だって、知らないのではない、知るひま[#「ひま」に傍点]が無いのだ。……父は、そう心の中で呟《つぶや》き、しかし、それを言い出す自信も無く、また、言い出して母から何か切りかえされたら、ぐうの音《ね》も出ないような気もして、
「誰か、ひとを雇いなさい」
 と、ひとりごとみたいに、わずかに主張してみた次第なのだ。
 母も、いったい、無口なほうである。しかし、言うことに、いつも、つめたい自信を持っていた。(この母に限らず、どこの女も、たいていそんなものであるが)
「でも、なかなか、来てくれるひともありませんから」
「捜せば、きっと見つかりますよ。来てくれるひとが無いんじゃ無い、いて[#「いて」に傍点]くれるひとが無いんじゃないかな?」
「私が、ひとを使うのが下手《へた》だとおっしゃるのですか?」
「そんな、……」
 父はまた黙した。じつは、そう思っていたのだ。しかし、黙した。
 ああ、誰かひとり、雇ってくれたらいい。母が末の子を背負って、用足しに外に出かけると、父はあとの二人の子の世話を見なければならぬ。そうして、来客が毎日、きまって十人くらいずつある。
「仕事部
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