作家の像
太宰治

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)沈吟《ちんぎん》
−−

 なんの随筆の十枚くらい書けないわけは無いのであるが、この作家は、もう、きょうで三日も沈吟《ちんぎん》をつづけ、書いてはしばらくして破り、また書いては暫《しばら》くして破り、日本は今、紙類に不足している時ではあるし、こんなに破っては、もったいないと自分でも、はらはらしながらそれでも、つい破ってしまう。
 言えないのだ。言いたいことが言えないのだ。言っていい事と言ってはならぬ事との区別が、この作家に、よくわからないのである。「道徳の適性」とでもいうべきものが、未《いま》だに呑み込めて居ない様子なのである。言いたい事は、山ほど在るのだ。実に、言いたい。その時ふと、誰かの声が聞える。「何を言ったって、君、結局は君の自己弁護じゃないか。」
 ちがう! 自己弁護なんかじゃ無いと、急いで否定し去っても、心の隅では、まあそんな事に成るのかも知れないな、と気弱く肯定しているものもあって、私は、書きかけの原稿用紙を二つに裂《さ》いて、更にまた、四つに裂く。
「私は、こういう随筆は、下手《へた》なの
次へ
全8ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング