年、僕の来る夜は、どんな夜だか知っていますか、七夕です、と笑いながら教えてやると、私も案外いい男に見えるかも知れない。今夜これから、と眼つきを変えてうなずいてはみたが、さて、どこといって行くところは無いのである。私は女ぎらいだから、知っている女は一人も無い。いやこれは逆かも知れない。知っている女が一人も無いから、女ぎらいなのかも知れないが、とにかく、心あたりの女性が一人も無かったというのだけは事実であった。私は苦笑した。お蕎麦《そば》屋の門口にれいの竹のお飾りが立っている。色紙に何か文字が見えた。私は立ちどまって読んだ。たどたどしい幼女の筆蹟《ひっせき》である。
オ星サマ。日本ノ国ヲオ守リ下サイ。
大君ニ、マコトササゲテ、ツカエマス。
はっとした。いまの女の子たちは、この七夕祭に、決して自分勝手のわがままな祈願をしているのではない。清純な祈りであると思った。私は、なんどもなんども色紙の文字を読みかえした。すぐに立ち去る事は出来なかった。この祈願、かならず織女星にとどくと思った。祈りは、つつましいほどよい。
昭和十二年から日本に於いて、この七夕も、ちがった意味を有《も》って来ているのである。昭和十二年七月七日、蘆溝橋《ろこうきょう》に於いて忘るべからざる銃声一発とどろいた。私のけしからぬ空想も、きれいに雲散霧消してしまった。
われ幼少の頃の話であるが、町のお祭礼などに曲馬団が来て小屋掛けを始める。悪童たちは待ち切れず、その小屋掛けの最中に押しかけて行ってテントの割れ目から小屋の内部を覗《のぞ》いて騒ぐ。私も、はにかみながら悪童たちの後について行って、おっかなびっくりテントの中を覗くのだ。努力して、そんな下品な態度を真似《まね》るのである。こら! とテントの中で曲馬団の者が呶鳴《どな》る。わあと喚声《かんせい》を揚げて子供たちは逃げる。私も真似をして、わあと、てれくさい思いで叫んで逃げる。曲馬団の者が追って来る。
「あんたはいい。あんたは、いいのです。」
曲馬団の者はそう言って、私ひとりをつかまえて抱きかかえ、テントの中へ連れて帰って馬や熊や猿を見せてくれるのだが、私は少しもたのしくなかった。私は、あの悪童たちと一緒に追い散らされたかったのである。曲馬団は、その小屋掛けに用いる丸太などを私の家から借りて来ているのかも知れない。私はテントから逃げ出す事も出来
前へ
次へ
全7ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング