問題にせぬというその人の態度は、全く正しいのである。いつまでも、その態度を持ちつづけてもらいたいと思う。みじめなのは、その雑誌に先生顔して何やら呟《つぶや》きを書いていた太宰という男である。
いっこうに有名でない。この雑誌の読者は、すべてこれから文学を試み、天下に名を成そうという謂《い》わば青雲の志を持って居られる。いささかの卑屈もない。肩を張って蒼穹《そうきゅう》を仰いでいる。傷一つ受けていない。無染である。その人に、太宰という下手《へた》くそな作家の、醜怪に嗄《しわが》れた呟きが、いったい聞えるものかどうか。私の困惑は、ここに在る。
私は今まで、なんのいい小説も書いていない。すべて人真似である。学問はない。未だ三十一歳である。青二歳である。未だ世間を知らぬと言われても致しかたが無い。何も、無い。誇るべきもの何も無いのである。たった一つ、芥子粒《けしつぶ》ほどのプライドがある。それは、私が馬鹿であるということである。全く無益な、路傍の苦労ばかり、それも自ら求めて十年間、転輾《てんてん》して来たということである。けれども、また、考えてみると、それは、読者諸君が、これから文豪になるた
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