らんふりして自分の席に坐って、凝《こ》ったグラスに葡萄酒をひとりで注いで颯《さ》っと呑みほし、それから大急ぎでごはんをすまして、ごゆっくり、と真面目にお辞儀して、もう掻《か》き消すように、いなくなってしまいます。とても、水際立ったものでした。
「青んぼ」という雑誌を発行したときも、この兄は編輯長という格で、私に言いつけて、一家中から、あれこれと原稿を集めさせ、そうして集った原稿を読んでは、けッと毒笑していました。私が、やっと、長兄から「めし」という随筆を、口述筆記させてもらって、編輯長のところへ少し得意で呈出したら、編輯長はそれを読むなりけッと笑って、
「なんだいこれは。号令口調というんだね。孔子|曰《いわ》く、はひどいね。」と、さんざ悪口言いました。ちゃんと長兄の侘《わ》びしさを解していながら、それでも自身の趣味のために、いつも三兄は、こんな悪口を言うのでした。人の作品を、そんなに悪く言いながら、この兄ご自身の作品は、どうかということになれば、そうなると、なんだか心細いものでした。この「青んぼ」という変な名前の雑誌の創刊号には、編輯長は自重して小説を発表せず、叙情詩を二篇、発表いたし
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