られて、満目の稲田には冬の色が濃かった。「僕には、そうも見えないが。」
その時の私には故郷を誇りたい気持も起らなかった。ひどく、ただ、くるしい。去年の夏は、こうではなかった。それこそ胸をおどらせて十年振りの故郷の風物を眺めたものだが。
「あれは、岩木山だ。富士山に似ているっていうので、津軽富士。」私は苦笑しながら説明していた。なんの情熱も無い。「こっちの低い山脈は、ぼんじゅ山脈というのだ。あれが馬禿山《まはげやま》だ。」実に、投げやりな、いい加減な説明だった。
ここがわしの生れ在所《ざいしょ》、四、五丁ゆけば、などと、やや得意そうに説明して聞かせる梅川忠兵衛の新口《にのくち》村は、たいへん可憐《かれん》な芝居であるが、私の場合は、そうではなかった。忠兵衛が、やたらにプンプン怒っていた。稲田の向うに赤い屋根がチラと見えた。
「あれが、」僕の家、と言いかけて、こだわって、「兄さんの家だ。」と言った。
けれどもそれはお寺の屋根だった。私の生家の屋根は、その右方に在った。
「いや、ちがった。右の方の、ちょっと大きいやつだ。」滅茶々々である。
金木駅に着いた。小さい姪《めい》と、若い綺麗
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