ませ。私は、やぶれかぶれなの。私、いま、頬をあかくして書いて居ります。私は、あなたさまを愛しています。
 鉛筆を噛《か》んだまま、永いこと考えました。愛しています、と書いて、消そうか、けれども、これは、やっぱりこのまま消さずに置いたほうがいいのだ。とまた思い直し、ああ、もうどうでも、御勝手になさいませ、けれども、やっぱり私は、あなたさまを愛して居ります。言葉がいけないのでございましょう。愛しています、というこの言葉は、言葉にすれば、なんとまあ白々しく、きざっぽい、もどかしい言葉なのか、私は、言葉を憎みます。
 愛は、愛は、捕縛できない宇宙的な、いいえ先験的なヌウメンです。どんな素晴らしいフェノメンも愛のほんの一部分の註釈にすぎません。ああ、またもや甘ったるい事を言いました。お笑い下さいませ。愛は、人を無能にいたします。私は、まけました。
 教養と、理智と、審美と、こんなものが私たちを、私を、懊悩のどん底の、そのまた底までたたき込んじゃった。十郎様。この度の、全く新しい小さな愛人のために、およろこび申し上げます。笑われても殺されてもいい、一生に一度のおねがい、お医者さまに行って来て下さい、わるい男に抱かれたことございます、と或る朝、十郎様に泣き泣きお願いしたとかいう、その愚かしい愛人のために、およろこび申上げます。おゆるし下さい。私は、それを、くだらないと存じました。そうして、そのような愚直の出来事を、有頂天の喜悦を以て、これは大地の愛情だ、とおっしゃる十郎様のお姿をさえ、あさましく滑稽なものと存じ上げます。私も、もう二十五歳になりました。一年、一年、みんな、ぞろぞろ私から離れて行きます。そうしてみんな、あの平民的とやらの群衆の中にまぎれこんで行きます。私は、せめて、此《こ》のおばあちゃんひとりを、花火のように、はかなく華麗に育ててゆきます。さようなら、おわかれの、いいえ、握手よ。私、自惚《うぬぼ》れてもいいこと? あなたは、きっと、私のところに帰ってまいります。
 お達者にお暮しなさいまし。[#地から3字上げ]KR。

        D

 雨降る日、美濃は書斎で書きものをしていた。仔細《しさい》らしく顔をしかめて、書きものをしていた。
 あそび仲間の詩人が、ひょっくりドアから首を出した。
「おい、何か悪い事をしに行こうか。も少し後悔してみたい。」
 振り向きもせ
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