だ。
 くろんぼは現れなかった。テントから離れ、少年は着物の袖でせまい額の汗を拭って、のろのろと学校へ引き返した。熱が出たのです。肺がわるいそうです。袴《はかま》に編みあげの靴をはいている男の老教師を、まんまとだました。自分の席についてからも、少年はごほごほと贋《にせ》の咳《せき》ばらいにむせかえった。
 村のひとたちの話に依れば、くろんぼは、やはり檻につめられたまま、幌馬車《ほろばしゃ》に積みこまれ、この村を去ったのである。太夫は、おのが身をまもるため、ピストルをポケットに忍ばせていた。



底本:「晩年」新潮文庫、新潮社
   1947(昭和22)年12月10日発行
   1985(昭和60)年10月5日70刷改版
   1999(平成11)年6月25日105刷
初出:蝶蝶「文芸」
   1935(昭和10)年2月号
   決闘「文芸」
   1935(昭和10)年2月号
   くろんぼ「文芸」
   1935(昭和10)年2月号
   盗賊「帝国大学新聞」
   1935(昭和10)年10月7日
入力:村田拓哉
校正:青木直子
1999年12月17日公開
2009年3月2日修正
青空文庫作成ファイル:
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