た。けれども、自分で純粋の津軽言葉を言う事が出来るかどうか、それには自信がなかった。
 五所川原駅には、中畑さんが迎えに来ていなかった。
「来ていなければならぬ筈《はず》だが。」大久保彦左衛門もこの時だけは、さすがに暗い表情だった。
 改札口を出て小さい駅の構内を見廻しても中畑さんはいない。駅の前の広場、といっても、石ころと馬糞《ばふん》とガタ馬車二台、淋《さび》しい広場に私と大久保とが鞄《かばん》をさげてしょんぼり立った。
「来た! 来た!」大久保は絶叫した。
 大きい男が、笑いながら町の方からやって来た。中畑さんである。中畑さんは、私の姿を見ても、一向におどろかない。ようこそ、などと言っている。濶達《かったつ》なものだった。
「これは私の責任ですからね。」北さんは、むしろちょっと得意そうな口調で言った。「あとは万事、よろしく。」
「承知、承知。」和服姿の中畑さんは、西郷隆盛のようであった。
 中畑さんのお家へ案内された。知らせを聞いて、叔母がヨチヨチやって来た。十年、叔母は小さいお婆《ばあ》さんになっていた。私の前に坐って、私の顔を眺めて、やたらに涙を流していた。この叔母は、私の小
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