ますね。」私は兄に逢いたかったのだ。そうして、黙って長いお辞儀をしたかったのだ。
「なに、兄さんとは此の後、またいつでもお逢い出来ますよ。それよりも、問題はお母さんです。なにせ七十、いや、六十九、ですかね?」
「おばあさんにも逢えるでしょうね。もう、九十ちかい筈ですけど。それから、五所川原の叔母《おば》にも逢いたいし、――」考えてみると、逢いたい人が、たくさんあった。
「もちろん、皆さんにお逢い出来ます。」断乎たる口調だった。ひどくたのもしく見えた。
こんどの帰郷がだんだん楽しいものに思われて来た。次兄の英治さんにも逢いたかったし、また姉たちにも逢いたかった。すべて、十年振りなのである。そうして私は、あの家を見たかった。私の生れて育った、あの家を見たかった。
私たちは七時の汽車に乗った。汽車に乗る前に、北さんは五所川原の中畑さんに電報を打った。
七ジタツ」キタ
それだけでもう中畑さんには、なんの事やら、ちゃんとわかるのだそうである。以心伝心《いしんでんしん》というやつだそうである。
「あなたを連れて行くという事を、はっきり中畑さんに知らせると、中畑さんも立場に困るのです。中畑さ
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